朝日新聞デジタル創刊も前途多難?

今日(5月18日)の午後、朝日新聞社朝日新聞の電子版「朝日新聞デジタル」の配信を発表しました。

朝日新聞が電子版「朝日新聞デジタル」 7月末まで無料朝日新聞
「第2の創刊だ」──有料電子版「朝日デジタル」開始 「紙とデジタルは競合しない」ITMedia

WSJ、日経ときて、これまで経済紙ばかりが電子版を導入していました。それが、ようやく一般紙と呼ばれるメディアでもついに電子版が導入されたというのは、デジタルメディアとしては大きな前進といえるでしょう。
ただ、メディア史に残るという意味では意義深いといえるでしょうが、コンセプト、ターゲット、コンテンツ、asahi.comとの差別化には疑問符が残るままスタートしてしまったと思います。
まず、分析をするために「朝日新聞デジタル」の特徴を簡単にまとめてみましょう。

  • 媒体:PC、iPadAndroid
  • 価格:電子版のみは3800円、新聞を購読している場合は1000円追加※新聞購読料は1ヵ月3925円(統合版は3007円)
  • 内容:速報配信の「24時刊」、新聞紙面と同じ内容の「朝刊」、web独自の記事やコラムを配信する「You刊」
  • 機能:検索機能(紙面1年分、デジタル版1週間分閲覧可能)、記事を保存するスクラップ機能、キーワードを登録して該当する記事を集められる「Myキーワード」、など
  • その他:7月までは無料配信、1契約で複数端末使える(家族全員で利用可能)

詳細は、登録して実際に使ってみたり、上記の記事を参考にしてみたりしてください。
さて、この中で私が気になったことを数点挙げていきたいと思います。

日経電子版のパクリ?

発表会見において、「日経電子版を参考にした」と語っていますが、価格設定や機能など、そのままではないか、と思わざるを得ないです(追従したと解釈することも可能ですが…)。
日経電子版の場合、電子版のみは4000円、新聞を購読している場合は1000円追加。電子版単独の価格こそわずかに違えど価格設定は似たようなものです。
また、日経電子版には、速報、紙面、web独自配信記事のコンテンツに検索機能、スクラップ機能、キーワード登録機能も揃っています。朝日は日経電子版の機能をそのまま自分のサイトに持ってきたとしか言いようがないでしょう。

有料電子版のメリットがわからない

機能はどうあれ、中身が良ければ電子版でも使うものだと思います。とはいえ、日経電子版と比較したとき、朝日の優位性が見えてきません。朝日新聞デジタルに載っている利用ガイド(http://digital.asahi.com/info/family/index.html)を参考にすると、社会人や就活生なら業界動向や解説記事に使えるとありますが、経済ニュースを読むならそれこそ日経に優位性があります。
確かに、大学受験生ならば、時事問題や小論文対策でコラムや解説記事をスクラップするメリットはあるでしょう。ただ、その場合でも利用ガイドや学習ポイントなどを強調しておくべきでしょう。
ネットコンテンツにおいて、成功しているコンテンツというのは何かしらに特化している、というところに尽きます。検索ビジネスのGoogle、電子商店の楽天、ブログの大衆化に成功したサイバーエージェントSNSからゲームサイトへ転換したグリー、そして経済に特化している日経電子版…、挙げればきりがありません。ニュースサイトとしては代表格であるasahi.comですが、幅広いジャンルを扱っているメディアである以上、単なる記事配信ならばその強みを活かしきれていないと思います。敢えて特化するなら、NIEに力を入れているのならば学習コンテンツをもっと充実させるべきだと思いますが……。

結局一般紙の「囚人のジレンマ」に陥る?

先ほどは日経電子版との比較でしたが、他の競合サイト(ヨミウリ・オンライン、毎日jpMSN産経ニュース、47ニュースなど)と比較したときに、それでも金を払ってでも朝日新聞デジタルを購読する優位性はあるでしょうか?
今までのasahi.com朝日新聞デジタルを比べても、後者にのみあるのはオピニオン記事やコラム程度で、ニュースを読める点ではどちらも変わりがありません。asahi.comとしては日経電子版の無料会員版を目指しているのでしょうが、それならば無料である他紙の無料サイトに移るだけで終わるのではないのでしょうか。日経のそれがうまくいっているのは、特に業界ニュースにおいて専門性を有しているところで、一般紙と一線を画しているからです。無論、コラム記事やweb独自連載に相当爆発的な人気が出れば話は別ですが。
現在の状態は、一般紙のサイト全部で有料にしてしまえば収益性が出るのに、少なくとも一紙が無料にすることでユーザーを集めてしまい、その結果他紙が追従することになり、全部無料化することが合理化してしまう「囚人のジレンマ」の状態です。朝日は敢えてそこから脱したわけですが、それが合理的であるかというと、疑問符がつきます。
なので、よほどコンテンツを差別化できないと、この電子版は成功できないと思います。

サイトのレイアウトはシンプルだが…

さて、ちょっと視点を変えて、使い勝手について観ていきましょう。
あいにく、私の環境ではPCしか使えないのでPCでの感想しかできないことを了承していただきたいと思います。
新聞では見出しによって記事の価値の重み付けがされていますが、シンプルな区分けによって、ほぼ平準化されています(トップはやや枠が広い)。あっさりしていて見やすい、という印象は残りました。
asahi.comと比較すると、ソーシャルボタンがない、というのはちょっと残念だと思います。Twitterなどで、記事を拡散できる機会を失っているのはもったいないでしょう。また、どうせならコトバンクと連携して専門用語をクリックすると解説が出てくる、というような機能も追加してもいいのに、と思いました(ちなみに、日経電子版は似たようなことはやっています)。
あと、しょっちゅう自動ログアウトされて何回もログインしなおさないといけない、というのは参りました(改善されると期待します)。

結局、読者ありきではなく販売店ありきの電子版

ここまでくると、電子版のみの優位性があまり見えてきません。どちらかというと、新聞を購読している世帯にプラスアルファで提供するサービス、という面が強いのではないでしょうか。
会見において「デジタルは販売店の協力がないと成功しない」と語っています。それはそうなのですが、新聞を購読する世帯に優遇するようなコンテンツや機能では、それこそこれからの時代を担うヤング層に見放されてしまいます。「日経よりは併読比率が高くなると思う」という予測は正しいでしょうが、併読比率を重視するあまり、中身が改善していかないと電子版の価値が上がりません。
私のように電子版のみ購読したい、というユーザーもこれから増えていきます。そういったときに、読者よりも販売店保全を優先するビジネスモデルを考えてしまうようでは、真の読者志向からかけ離れてしまうのではないでしょうか(もっとも、私は販売店がいらないと言っているわけではない、念のため)。

ここまで、割と批判的に朝日新聞デジタルについて書かせてもらいましたが、これは朝日だからこそ、という期待を込めての批評なのだとご理解いただきたいです。
一般紙のデジタルメディアモデルというのはまだまだ模索中、という段階です。オープンしたばかりという段階だからこそ、積極的なテコ入れが望まれるのです。現に、日経電子版がスタートしたときも、大幅な改善があって現在の使い勝手の良さを生んだのですから。
一般紙の中で最もデジタル戦略に積極的に注力している朝日新聞。この戦略がどういう結果をもたらすか、今後注目していきたいです。