アクチュアリー試験がまたいろいろと変わった件

日付が変わって昨日7月3日にアクチュアリー試験の試験要領が公表されました。昨年と同じく7月の第1営業日の公表になりました。

www.actuaries.jp

昨年も試験をCBT化するという大改革が起こったわけですが、今年の変化はそれをも超えるエポックメーキングなものになると思います。

まずは、何といっても1次試験の受験資格の引き下げでしょう。
2022年度までの受験資格といえば、

学校教育法による大学(短期大学を含む)を卒業した方が受験できます。
このほか、次の要件等を満たす方で、所定の書類を提出(※)し、試験委員会が大学を卒業した方と同等の資格試験受験に必要な基礎的学力を有すると判断した方も受験できます。

①大学3年生以上の者(4年制大学において、休学期間を除き2年以上在学し、かつ62単位以上の単位を修得した者)
高等専門学校卒業者
③学士資格を有しない大学院生
④外国の大学を卒業した者、または、外国において上記①~③に相当する学校教育における課程を修了した者
⑤生保数理、損保数理、年金数理等の日本アクチュアリー会資格試験の受験科目に関連する知識を必要とする、保険・年金などの業務に3年以上携わった者

2022年度資格試験要領より引用
要は、原則は大卒だけど、大学2年から進級できる以上の要件を満たしていれば受験できますよ、というものでした。
それが、今回の試験から、、

2023年3月31日時点で18歳以上の方(2005年4月1日までに生まれた方)

たったの1行!!18歳以上であれば、誰でも受験できる、ということになります。「誰でも」というところがポイントで、昨年までは少なくとも大学に在学ないし高専を卒業していないと受験できなかったのですが、今回は文字通り解釈すれば学歴は関係なし。大学1年生でも、浪人生でも、はたまた高卒や中卒でも受験ができる、ということになります。
アクチュアリー試験は最短でも2年かかるので、もし優秀な受験生がノーミスで合格したら、理屈上は19歳の正会員が生まれることになります*1
ちなみに、海外の最年少記録はどうなっているか調べてみたところ、SOAでRoy Juさんという方が2015年に20歳で正会員になった、という記事が見つかりました(わざわざ記事にするのがSOAらしいですよね)。
www.soa.org
ちなみに、SOAの受験資格に年齢制限はありません。なんとなれば、小学生のときからでも受験できます。一方で、2次試験に相当する試験が専門的であることと受験料がかなり高い(科目によって1,225ドルかかる)こともあってか、今のところ20歳が最年少記録、となっているようです。年齢制限がなくて、これです。

とまあ理屈のうわべだけの話で自分も最短でアクチュアリー試験を突破したわけでもないのに、資格はあっても偉そうなことを語る資格はないのは重々承知ですが、それでも敢えて書かせてください(←要はただの言い訳を並べただけ)。
まあきっと、いつかは正会員の最年少記録は生まれると思います。大学受験の必要のない内部生あたりが高校生のときから勉強して、順調に合格していく、というのは最年少公認会計士の記事を見ていればたやすく想像できます。
アクチュアリーとしては、仲間が増えることはいいことです。一方で、多くの若手受験生が大学生であることを鑑みると、大学生時代に頑張ってきたこと(世間で言うところのガクチカ)が「アクチュアリー試験」で本当にいいのでしょうか。興味があるなら止めはしませんが、本業を疎かにしてまでやりこむほどのものではない、というのは個人的には思います。私もそうですが、多くの正会員は社会人生活を送りながらアクチュアリー試験を突破してきました。それよりも、目の前にある興味あるもの(それが本当にアクチュアリーであれば止めないが)に打ち込んで、大学だからこそできる研究に打ち込んだ方が長い目で見て良いのではないか、と思います。
あと、理屈上浪人生や高卒、中卒でも受験はできますが、とりあえず大学に入ってから受けましょう。万が一大学を経ずに正会員になれたとしても、アクチュアリー採用をしている多くの会社は大卒を基本的に要件としているのが現実だからです。
もう、とにかく、受験生なら地に足をつけましょう!
そもそも1次試験で求められる数学は学部1年で習う微積の知識は必要だし、確率統計はともかくモデリングも本来なら学部3年で習うようなトピックです。また、会計・経済・投資理論(通称KKT)も、経済こそ学部1,2年で習うトピックではあるものの、会計と投資理論は学部2,3年で習うようなトピックでレベル感が違います。いくら学部1年で受けられるからといって、そう簡単には受からないのがアクチュアリー試験です。早く受かるに越したことはないですが、無理は禁物です。どうか早期合格を煽る人たちに振り回されないようにしてください。

と、いろいろ書いていたら、数年前にこんな記事を書いたことを思い出したんですよ。
key-channel.hatenablog.com
いやー、この記事の発端のアカウントの方、もうちょっと遅く決心していたら良かったのに。。と思う一方です(久々にアカウントを覗いたらリツイート数件のみで自分からのツイートは全部消えていました…)。

本題に戻ります。もう1つの大きな変更は受験料の変更です。
これまで、受験料は非会員は1科目10,000円、会員は7,000円だったのですが、今年度の試験からは一律8,500円になります。すなわち、非会員からすると値下げですが、会員からすると値上げです。受験生の大半は会員であることを考えると、ほとんどの人にとっては値上げですね。
リリースにはいろいろ理由が書いてありますが、まあSOAの2次試験の1科目1,225ドルに比べれば、、まだ良心的とも思えませんか?

あと、1次試験の日程が、昨年は5日間だったのに対し、今年は4日間に変更されていることにも注意です。3日目の午前の年金数理と午後の数学を両方受ける受験生は、受験会場の選択に注意が必要です。

大学1,2年生、いや、18,19歳の方にとってはいきなりチャンスが降ってきた今回の試験制度の変更ですが、受験するとしてもダメでもともとの気持ちくらいがちょうどいいと思います。
ともかく、受験される方は頑張ってください。

*1:例年理事会承認は3月上旬なので、それ以降から4月1日までに誕生日の人は19歳の正会員ということになる

アクチュアリーに興味を持ったら読みたい本10選

アクチュアリー試験、お疲れ様でした。最後の筆記試験でしたが、出来はいかがでしょうか。ちらっと問題を見ましたが、数学の難化と年金数理の易化を除けばほぼ標準的な問題ではなかったでしょうか。
さて、先日某所で学生向けに講演をしたのですが、そのときに心残りだったことがあります。それは、もしアクチュアリーに興味を持ってそれについてもっと深く知りたくなったときに、どういう本や文献を読めばいいのか、ということまで時間の関係で話せなかったことです。「アクチュアリー」でググると、たいてい紹介されているのは、アクチュアリー試験の攻略に関する記事です。学部3年以上から受験できるので、アクチュアリー試験に興味を持つことは自然なことです。その一方で、アクチュアリーの仕事というのは当然アクチュアリー試験ではないですし、特に学生時代であれば時間があるときに試験勉強以外のこと(例えば研究とか)にチャレンジするべきだと思っています。
そこで、この記事では、もし私が学生時代に同じようにアクチュアリーに興味を持ったときに読んでおけばよかったなー、と思う本を紹介します。アクチュアリー試験対策にこだわらず、純粋にアクチュアリアル・サイエンスや保険業界について知れる本を揃えてみました。学生もそうですが、受験生にとっても2月の合格発表まで待っているこの時期に手を取ってみるといいでしょう。
まあこれ以外にも読んだ方がいい本や文献はいろいろありますが、ひとまず導入にふさわしいという意味で10冊挙げてみました。
なお、この記事では以下の前提を置いています。

  • 理工学部もしくは経済学部1,2年生で履修するであろう微分積分線形代数は学習済み
  • (測度論を使わない)確率統計は学習済みもしくは別途学習する予定(この記事では測度論を使わない確率統計の本の紹介はしない)
  • アクチュアリーについて興味を持ったが、アクチュアリー試験の勉強はこれまでしたことない

アクチュアリー概論

『すべては統計にまかせなさい』(藤澤陽介)

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題名に「アクチュアリー」は入っていませんが、内容は不確実な事象に対してアクチュアリーはどのような統計アプローチで立ち向かってきたか、というのを平易に書かれています。著者曰く「高校生にも理解できるように書いた」と聞いたことがあります。複雑な数式は入っていないので、おおまかな概要をつかむのにはもってこいだと思います。

保険業界について知る

『利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書』(植村信保)

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福岡大学の植村先生が書かれた、保険学についてのテキストです。アクチュアリーに特化した本ではありませんが、保険について会社側からの視点と契約者からの視点とで分けて解説していて、保険やその業界について知るのに、導入としてぴったりです。学部1年生からでも読みやすく書かれていると思います。

『経営なき破綻 平成生保危機の真実』(植村信保)

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こちらも植村先生が書かれた本です。2000年前後に、生命保険会社が続いて経営破綻しました。なぜ経営破綻したのかについて、かなり踏み込んで書かれています。アクチュアリーの使命の1つに「契約者に保険金を確実に支払うために保険会社の健全性を確保する」ことが挙げられます。しかしながら、なぜ会社を守ることができなかったのか。技術的な話を抜きにして、職業倫理的観点からアクチュアリーがどうふるまうべきかを考えさせられる1冊です。

保険数理について知る

『生命保険数学の基礎 第3版: アクチュアリー数学入門』(山内恒人)

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アクチュアリー試験でいう「生保数理」のテキストです。アクチュアリー試験では『生命保険数学(上巻・下巻)』(二見隆)が指定教科書、『アクチュアリーのための 生命保険数学入門』(京都大学理学部アクチュアリーサイエンス部門編)が指定参考書になっていますが、この本のいいところは、行間なく読めるところです。これでもかというくらい丁寧なその分ページ数があるものの、急がば回れともいうようにじっくりと読み進めていけば生保数理の理解に近づきます。私は受験生時代、二見氏の教科書ではなくこちらで勉強していました。
ちなみに、Youtubeでは山内先生がこの本をテキストにつかった生命保険数学の解説動画が見れます。この本片手に勉強するには適切な解説動画となっています。
www.youtube.com

Excelで学ぶ生命保険 商品設計の数学』(成川淳)

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この本も生保数理の本ですが、二見氏の本や山内先生の本と異なるのは、付録のExcelファイルをダウンロードして、保険料や解約返戻金の計算をExcelを用いて実習できるところにあります。現代のアクチュアリーは保険料などを手計算しているわけではなく、ExcelなどのPCソフトを用いて計算・集計しています。その意味では、会社勤めをしたことがない人にとっては生保実務を体験できる数少ない本です。

『保険数理と統計的方法 (理論統計学教程:従属性の統計理論)』(清水泰隆)

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リスク理論に関する本で、アクチュアリー試験の損保数理を超えてリスク理論をきちんと勉強するのにいい1冊です。アクチュアリー試験の指定教科書である『損保数理』は測度論を避けて記述しているがゆえに、わかりづらい記述になっているところがあります。それをも超えてしっかりと勉強できる重厚な仕上がりになっているので、特にリスク理論を専攻したい学生にはぴったりです。測度論的確率論を前提としているので、↓で紹介する『統計学への確率論, その先へ』のような本で一通り勉強してから読むとスムーズかもしれません。

(測度論を用いた)確率統計関連

統計学への確率論,その先へ: ゼロからの測度論的理解と漸近理論への架け橋』(清水泰隆)

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確率論についての本格的な本です。アクチュアリー試験で登場する数学や損保数理は、測度論の知識がなくても合格できます(ただし、損保数理の一部単元で測度論の知識があると理解が深まる箇所はある)。一方で、本格的なリスク理論やデータサイエンスを学ぶには、測度論の理解は不可避です。この本のいいところは、応用を意識して測度論を用いた確率論を解説していて、その「ココロ」となる部分にも踏み込んでいるところです。測度論を用いた確率論の本格的な著書はいろいろありますが(例えば「舟木確率論」など)、初学者にも手に取りやすいという点では、測度論的確率論の最初の1冊目の本として適していると思います。もっとも、測度論そのものを理解するのには時間がかかる性質があり、確率統計を未修の人は、まずは測度論を用いない確率統計の授業もしくは教科書を一通り学習してからこの本に取り組んだ方が面食らわないかと思います。

ERMについて知る

『保険とリスクマネジメント』(スコット・E. ハリントン, グレッグ・R. ニーハウス)

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古典的な保険とリスクマネジメントの理論に関して書かれた本です。学生に講義するのにちょうどいいレベルで、読みやすいと思います。ページ数は多いですが、こちらも急がば回れで行間なく読める1冊に仕上がっています。

『増補版 金融リスク管理を変えた10大事件+X』(藤井健司)

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リスク管理は重大事件をきっかけに高度化されてきた一面があります。この本は読み物として「何が起こったのか」「なぜ起こったのか」そして「その教訓」を知るのに手っ取り早く知れる本です。今回紹介した本のなかでは最も読みやすいと思います。ちなみに、姉妹本として『日本の金融リスク管理を変えた10大事件』(藤井健司)もあります。こちらもあわせてどうぞ。
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データサイエンス関連

『入門 Rによる予測モデリング――機械学習を用いたリスク管理のために』(岩沢宏和、平松雄司)

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リスクに対して統計モデリングでどのように扱うかを紹介している本です。日本アクチュアリー会の会員になれば、データサイエンスに関する資料を無料で入手できますが、非会員向けには非常にまとまった本です。ご自身のPCにRをインストールして手を動かしながら読み進めるといいでしょう。「まえがき」に確率・統計の基礎知識を前提としている、とありますが、個人的にはアクチュアリー試験の数学・損保数理をひととおり勉強しているとスムーズに理解できるのではないかと思います。

2022年アクチュアリー試験CBT化へ~すぐに起こること、中長期的に起こりそうなこと~

※私は執筆時点でア会の資格試験関連に一切携わっていません。一会員の個人的な意見・感想として読み流してください。

日付変わって昨日にビッグニュースが飛び込んできました。例年通り、今年のアクチュアリー試験の試験要領が公表されたのですが、それとともに資格試験そのものが2022年からCBT(Computer Based Testing)へ移行することが公表されました。

www.actuaries.jp

要点をまとめると、

  • 紙ベースの試験は今年が最後
  • 来年から、受験生はいわゆるテストセンターでコンピュータ上で受験
  • 試験会場は現行の東京・大阪以外にも設置予定
  • 開催時期、実施回数、受験料、試験科目、試験範囲は当面そのまま

ということのようです。

CBTは、SOA(米国アクチュアリー会)の試験やTOEFL(正確にはiBT)、証券アナリスト基礎講座修了試験などで導入されているコンピュータベースで受験する試験形式のことです。最近ですと、生命保険協会が実施する一般課程や生命保険講座などの試験も2020年からCBTになりました。

CBT試験概要 | 生命保険協会

SOAやIFoAでもすでにCBTで実施しているし、さらにCERA試験は去年からオンライン試験に移行し、いつwebベースの試験に移行するのか待っていたところなのですが、ようやく重い扉が開いたということで、この流れは歓迎したいと思います。

特に、試験会場が東京・大阪以外にも拡大とのことなので、関東圏や関西圏以外に在住の受験生には助かる措置ですね。

私自身、テストセンターでの受験といえば、院試のために受けたTOEFLと新卒採用のためのSPI受験での経験くらいしかないのですが、その乏しい経験と妄想で、これから起こりうることを想像してみました。ただの想像なので、来年以降フタを開けてみて「全然違うじゃないか!」と文句言われても責任は取れないので、悪しからず。

すぐに起こること

「速記力」を鍛える必要がなくなる

アクチュアリー業務に携わっていなくても容易に想像できるかと思いますが、実務で手書きでバーッと書くような仕事なんてありません。強いて手書きをすると言えば決算や報告書にサインする程度でしょうか。しかしながら、現行のアクチュアリー試験の2次試験では早く・綺麗に書く能力が黙示的に問われています。目安として、所見問題の解答用紙1枚(約1050字)を20分で書き切らなければなりません。私に限らず、所見対策のために「ペンダコ」ができたという正会員は少なからず聞きます。

しかしながら、CBTになれば、タイピングさえスムーズにできれば、手書きよりも早く記述することができます。字を書くのが遅い人や字が汚い人には朗報ではないでしょうか。

所見問題は枚数制限から字数制限に?

先ほどの関連で、裏を返すと、いかようにも書けちゃうことになります。現行の所見問題では枚数制限がありますが、CBTに移行することで「枚数」という概念から「字数」という概念に変わるのではないでしょうか。コンピュータベースだといくらでも書けちゃうので、とりとめのないことを漫然と書きがちです。論展開の骨子を紙ベースの試験以上に意識しておく必要があるでしょう。

試験問題のパターンは複数?

TOEFLの試験からイメージするに、出題される試験問題は、受験生によって異なるかもしれません。というのも、テストセンターで受験するという性質上、受験生が一斉に受験する、というのは難しいと思います(二次試験なら可能でしょうが…)。そうすると、その時差を利用してカンニングする受験生が出てくるのを防ぐためには、出題パターンが受験生ごとに違うこともありうるかもしれません。

ちなみに、テストセンターの会場を調べてみると、東京は結構会場数がありそうです。例えば証券アナリスト基礎講座修了試験の会場を見ると、約40会場は使える余地がありそうです。一番受験生が多い数学で約1000人なので、極論全員東京に集まって1会場25人と見積もっても、もしかしたら同時に実施できるかもしれません。おや、そういえばテストセンターリストの中に五反田TOCがありますね。

j5.prometric-jp.com

1次試験の合否はすぐ分かる?

受験生のよくあるクレームの1つとして、「1次試験はマーク式ですぐ結果がわかるはずなのに、合否通知は2次試験と同じ2月中旬」というのがあります。この気持ち、よくわかる。

紙ベースの試験だと、一旦マークシートなり解答用紙を回収するという行為を行うので、合否通知も回収側に委ねられるということになるのですが、CBTですと、1次試験ならすぐ合否通知を出せるのではないでしょうか。実際、SOAの試験でもすぐに合否がわかるようになっています。

あくまでも私見ですが、こういうところで変な「公平性」を出して合否通知はこれまで通り一律2月、とならないことを祈ります。

中長期的に起こりそうなこと

データ分析に関する試験の追加?

リリースでは、「試験科目及び試験範囲についての大幅な見直し(※4)については、現時点では予定していません」とあります。しかしながら、これはあくまでも「現時点」であり、中長期的には試験科目が増える可能性があることは否定していません。

CBTにより可能になることは、PCの操作を用いた試験が可能になるということです。SOAの試験では、PA(Predictive Analytics)という試験科目があります。これは、5時間15分(!)の試験時間で、データ分析とレポートの提出が求められます。

アクチュアリーの業務というのは、紙とペンを持って積分するよりも、データをこねくり回していろいろと分析・報告する(プライシングであれバリュエーションであれ、リスク管理であれ)のが大部分であり、求められるスキルを再定義されても然りではないでしょうか。これと同類な試験が、今後追加されるかもしれません、知らんけど。

www.soa.org

年1回から試験回数が増える?

試験回数は現時点で年1回です。そして、リリースでも現時点で変更の予定はないとしています。しかしながら、SOAの試験では、多い科目では年6回実施しています。CBTだと大掛かりな会場準備をする必要がないので、手軽に試験を実施できるようになります。あとは試験委員側のキャパシティ・クオリティの問題さえクリアできれば、理屈としては可能だと思いますし、それがアクチュアリー会の裾野を広げることになるのではと思います。もっとも、正会員からの受験機会の数という意味での不公平感のクレームが出ないとは言い切れませんが…。

 

受験生としては、紙だろうがCBTだろうが、現時点で残っている試験科目に対して最速で合格できるように日々勉強に取り組むことが賢明だと思います。今年の試験まで半年切りましたしね。

今こそ評価されるべき「これであなたもアクチュアリー!」シリーズ〜生保数理の勉強を始めたい人に〜

来週から4月、日本会計的には新年度ですね。そして入学の季節です。これを機に新しいことにもチャレンジされる方もいるのではないでしょうか。
その中で、アクチュアリー試験にチャレンジされる方もいらっしゃるかもしれません。アクチュアリー試験の中で(相対的な意味で)取り掛かりやすい科目の1つとして挙げられるのは、生保数理です。
生保数理の指定教科書になっている二見本や、山内本は、高校数学をそれなりに勉強してきた方であれば、その前提知識さえあれば理解できるようにできています。それを読み進めるのは、下手にε-δ論法でうんうん唸るよりある意味難しくないと思います。
その一方で、生保数理独特のキャッシュフローの概念というのは、そもそも生命保険の仕組みがわからないとイメージしづらいところがあります。
実は生保数理の概念を手っ取り早く、しかも無料で勉強できるコンテンツがあるのをご存知でしょうか?それが、ハピスマ大学というサイトにある「これであなたもアクチュアリー!」シリーズです。
ハピスマ大学というのはアクサダイレクト生命が運営している金融教育促進コンテンツで、そのなかにぽつんと生保数理を勉強できるコンテンツがあるのです。当時はNAC(Nextia Actuary Club・当時はネクスティア生命)のコンテンツの1つだったのですが、生保数理が大好きな方々がたまたま勤められていて、生保数理の講義や模試が置かれているという、他の保険会社では類を見ない贅沢なコンテンツとなっています。
「これであなたもアクチュアリー!」シリーズは2つあります。
www.axa-direct-life.co.jp
www.axa-direct-life.co.jp
(1つ目のキャプションがおかしいですが、リンク先は間違っていません)
このPDFのスライドがよくできていて、これでもかというくらい丁寧に作り込まれているのです。そして動画の講義がありがたい。日本アクチュアリー会などで生保数理の講師を務める山内恒人氏の講義を無料で見れちゃう。生保数理をざっくりと掴むのにはもってこいです。
これだけでアクチュアリー試験に合格できるわけではないですが、これらを一通り受講して肩慣らししたところで、二見本や山内本、合格へのストラテジー生保数理に取り組むと効率的じゃないかなー、と思ったりするのです。そういう意味では今の受験生はコンテンツが充実していてうらやましいところがあります。

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作者: 山内恒人
出版社/メーカー: 東京大学出版会
発売日: 2014/12/18
メディア:単行本

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作者: アクチュアリー受験研究会代表MAH,西林信幸,寺内辰也,山内恒人
出版社/メーカー: 東京図書
発売日: 2018/06/08
メディア:単行本

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ちなみに、この動画に映っているお二方はすでに退職されています…。
生保数理の合格体験記などを読んでいてもなぜかこれを勧める人はあまりいないようなのですが、個人的には隠れた(?)優良コンテンツだと思っています。お金もかからないですし、今のうちに手っ取り早くコツをつかんじゃいましょう。そしてアクサダイレクト生命におかれましては、後学のために残し続けてほしいと思うところであります。

アクチュアリーとデータサイエンスの未来の事を言えば鬼が笑う

先週の土曜日ですが、日本アクチュアリー会の第7回例会(休日シンポジウム)「アクチュアリーとデータサイエンス」のセミナーに行ってきました。

 

最近の週刊誌を読むと、AIが我々の仕事を奪う、というようなセンセーショナルな見出しが躍り出ているをたまに見かけます。で、2年前の週刊ダイヤモンドの記事には奪われる職業ランキングの上位くらいに、「アクチュアリー」が入っているが入っているではないですか。

diamond.jp正直、どういう根拠でランキングを作ったのか不明なので、コメントのしようがないのですが、今回のセミナーを受けて、アクチュアリーとデータサイエンスをうまく組み合わせて活用することで、さらに発展させていくことができる、ということを確信しました。

 

データサイエンティストなる肩書きを持つ方々は、確かにデータ分析は得意なのでしょう。その一方で、いわゆるアクチュアリー業務のような、専門的な分野に参入しようとするには、やはりその分野のことについても深く理解している必要があります。私の感覚では、そこは1つの壁になっている気がします。

その一方で、試験や実務を通して統計についてはプロフェッショナルであるアクチュアリーは、データサイエンスに親和性があるといえます。アクチュアリーがデータサイエンティストを兼ねるというのは、自然な流れともいえます。

 

セミナーで印象的だったのは、「データサイエンスが伝統的手法の補強として活用できるのではないか」という提起があったことです。

実務としてはまだまだ伝統的手法アプローチがメインである会社が多いと思います。そんな中で、データサイエンスによる新たなアプローチを入れることで、これまで伝統的手法では取り逃していたファクターを含めた分析を可能にし、新たな見地が得られるのではないか、という話だったと理解しています。

 

「なるほど、これがアクチュアリーとデータサイエンスの融合か…」と聞いていて感心。ただ、私はその次に「現状がこれではまだイマイチだな…」という感想も素人考えながら持ちました。どういうことか?

データサイエンスの導入により、今まで見つけられなかったアプローチが得られて、それにより新たなビジネスチャンスが手に入るかもしれません。その一方で、役員陣に説明する際には、ロジカルな説明が求められるわけです。特にベイジアンアプローチなデータサイエンスの手法では、そのプロセスを飛び越して、結果がアウトプットとして表示されることになります。結局、新しいアプローチを得るヒントにはなっても、それがふさわしいというバリデーションは伝統的手法に依らざるを得ないのです。

そうするとどうなるか。仮想の保険会社を想定すると、

伝統的手法を用いるアクチュアリーA「課長、これまでどおりの手法で分析してみました。その結果はこちらです。この原因は△△で…」

データサイエンティストB「ああ、A君。データサイエンスの手法でやってみたら、こんな結果が出たで。まあちょっと検証してみてくれる?じゃ、お先」

A「(バリデーションしなきゃだよ。また残業だよ…)」

もちろん保険会社でこんな会話をするわけないのですが、趣旨はわかっていただけたかと思います。要は、伝統的手法を使うアクチュアリーの業務時間がいたずらに増えないか、という懸念です。

 

現状では「伝統的手法withデータサイエンス」のような補完的役割になるのは然るべきかと思いますが、あるべき姿はもう少し先なのかと。すなわち、将来的には、データサイエンス的手法がもう少し発展して、バリデーションの部分も強化されて、アプローチも説明も進化していかないといけないのではないか、と。そうしていくことで、伝統的手法も進化していけると思います。

そのためにも、いろいろと試行錯誤は必須です。まだまだ知らないことだらけですが、来年に向けてやることはたくさんあるようです。

「論点」の使いすぎじゃないかという「論点」

今年のアクチュアリー試験も終了しました。受験された皆さん、お疲れ様でした。

さて、こんな記事を見かけたんですよ。

アクチュアリー試験講評(2018年度 生保数理 編) | アクペディア

問題が公開されたのが13日(木)で、この記事が公開されたのが14日(金)ですので、ずいぶん早いですね。。

で、読んでいくと、問題1(6)のところで、

 解法:『生存者総数に占める就業不能者数の割合』という表現が問題文に登場すれば、教科書(下巻)160ページ(13.1.27)の公式を用いるという頻出論点が抑えられている受験生にとっては格好の問題です。

 ?

言わんとするところはもちろん分かるのですが、何か違和感がある文章の感じがします。タイトルからお察しつくかと思いますが、「〜の公式を用いるという頻出論点」という箇所です。「公式を用いる」ことって「論点」なんでしたっけ?

辞書で「論点」を調べてみましょう。

ろん‐てん【論点】 議論の中心となる問題点。「論点から外れる」

論点(ロンテン)とは - コトバンク

 この意味からすると、「論点」という言葉を使うのであれば、何か議論をしている、という暗黙の前提がなければなりません。

アクチュアリー試験でいえば、例えば2次試験の所見問題での論述のポイントを「論点」というのは正しいでしょう。まさに「論点」なのですから。ところが、これは議論の中心、というよりは、計算問題の解法のツールであって、そこに何も議論なぞ出てこないのです。問題点というより、解決させてしまっているわけですから。

強いて直すとしたら、「〜の公式を用いるという頻出事項」くらいが入試参考書でよく見る文章になるんじゃないですかね。

この記事にはさらに続きがあり、問題3(2)に、

解法:昨年の保証期間付収入保障保険に続き、累減(逓減)定期保険における負値責任準備金という論点にスポットを当てた、まさに、実務上、密接な関わりの強い問題です。 

 とあります。

逓減定期では負値Vになることがある、というのが問題のポイントということを主張されているので「論点」と使われているのかと思います。でもこれって、「論点」というより「特徴」であり「トピック」でしょう。

ちなみに、この記事を書かれた「活用算方」*1氏は、同じサイトに生保1の講評も書かれています。

アクチュアリー試験講評(2018年度 2次試験:生保1 編) | アクペディア

ここでは「論点」という言葉は5回出てきます。

問題1(3)のところは、そもそも問題文にそう書いてあるし、これは正しい。

問題1(6)

 ただし、従来の頻出論点であった「アセットシェア計算」ではなく「団体定期保険の優良団体割引」という、ややマイナーな論点でした。

このブログを書いていて、なんとなく気づきましたが、この方はおそらく「論点」=「問題」「ポイント」のように使っているのかなと思いました。「問題」を「議論」と考えるのは、まあわからんでもないのですが、でもそれは「議論」そのものであり、「議論の中心」ではないのですよ。前提がない以上、「論点」と書かれるのは不自然なんですよね。

ここだと、「従来の頻出問題であった(中略)、ややマイナーな題材でした。」くらいが自然だと思います。

問題3の2つは、所見問題ですし、まさに「論点」です。

 

自分も注意しないといけないのですが、語感やコロケーションというのは日々硬直化しがちだなあ、と実感します。人によって好きで使う言葉というのがあると思うのですが(上でいうと「論点」?)、そればかりに頼りすぎるのでなく、いろんな文章を目に触れて、なるべく取り入れるようにしたいところです。

*1:確証は得てないけど、たぶん知り合い

保険リスクマネジメント

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作者: 田中周二
出版社/メーカー: 日本評論社
発売日: 2018/09/25
メディア:単行本

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田中周二先生といえば、アクチュアリーの研究者として、リスク管理に関する研究や講義をされている方です。日本アクチュアリー会の特論講座でリスクマネジメント論の講師も担当されています。

そんな田中先生が、日本評論社アクチュアリー数学シリーズの一貫として出されたのがこの本です。
リスク管理、とりわけERMに関する本はこれまでも出版されていましたが、どちらかというと実務寄りな本が多いという印象があります。
この本の画期的なところは、ソルベンシーIIやIFRS17など、経済価値ベースのソルベンシー規制が導入されるなか、その理論的背景について解説しているところです。実務、とりわけ作業の担当者にとっては、規制はあたかも天から降ってきたように感じている方もいるかもしれません。そうではなく、その背景を知ることが本質的な理解につながります。
数理ファイナンスの知識が多少ある方が読みやすいように思います。本書でも多少触れていますが、ほんの復習程度です。必要に応じて数理ファイナンスの本と合わせて読むのをおすすめいたします。
参考文献を豊富に挙げており、理論や議論のベースとなったものがどれかをつなげているため、背景について体系的につなげてくれているのも印象的です。


ただ、、誤植が多すぎます
田中先生の著書・訳書ではもはや定番(?)になりつつあるのですが、もう少し校閲に力を入れていただかないと、クオリティそのものが問われます。
一例を挙げると、

  • p.58 表3.2 4行2列2行目「必要」の間にナゾの半角ブランク
  • p.60 10行目「繰り延べ法」→「繰延法」
  • p.67 下から3行目「X≦ a.s.」→「X≦Y a.s.」
  • p.68 2行目「並進性」→「並進不変性」*1
  • p.73 下から6行目 「アローデブリュー証券」→「アロー-デブリュー証券」
  • p.73 下から2行目「q_i=R\piq_i=R\pi _i
  • p.84 下から8行目 expの後はカッコが必要
  • p.89 2行目 「これから」は不要
  • p.113 下から8行目「l_{x+1}=l_x-d^{(1)}-d^{(2)}-\cdots d^{(n)}」→「l_{x+1}=l_x-d_x^{(1)}-d_x^{(2)}-\cdots d_x^{(n)}
  • p.135 12行目 「200」→「195」
  • p.140 4行目 「voaltility clustering」→「volatility clustering」
  • p.147 下から2行目 「>」が抜けている
  • p.155 3行目 「w_B^1」→「w_B^2
  • p.199 下から6,7行目 2つ目のイコール先から不等号が抜けている
  • p.286 表15.3と表15.4のキャプションの「損害保険」と「生命保険」が逆
  • p.298-299 図15.1と図15.2のキャプションの「生命保険会社」と「損害保険会社」が逆。しかも数字が一部違う(from At-Fujiさん)
  • ・・・

メモとして残っているものだけでこれだけありまして、載せていないけど自分が認識している誤植は他にもたくさんあります。

14章の冒頭にCOSO ERMキューブを取り上げていますが、これは2017年9月に廃止されました(参考:
https://www.pwc.com/jp/ja/japan-knowledge/pwcs-view/pdf/pwcs-view201712.pdf)。出版時期的に盛り込める気がするのですが。

他にも、章によってクオリティがずいぶん異なるのも気になります。ある章はいかにも海外の文献をそのまま直訳したような文章である一方、ある章は途端に読みやすいところがあります。

リスクマネジメントということで、CERA試験対策には使えるか、、というところですが、個人的な感想では、Course Notesの一部を解説しているところはありますが、すべてが網羅されているわけではありません。英語が苦手な方には参考程度にちら見するくらいがいいのかなあ、と思います。

現在、日本のCERA試験はイギリスのアクチュアリー会、IFoAのST9(2019年からSP9)の試験に仮訳をつけたものを実施しています。当面はこれがしばらく続くものと思われますが、いつかは日本独自で実施する日が来るのではないのでしょうか(中の人ではないので議論はまったく知らない)。それに対応する教科書としては物足りない気がしますが、これを叩き台として、広く深く理論と実務をくっつけるERMの体系をまとめた本が出てくれれば、と思います。

*1:そもそも,「並進不変性」というより「平行移動不変性」のほうがなじみあると思うのだが….