【書評】『利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書』

利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書
作者:植村 信保
発売日: 2021/04/09
メディア: 単行本




久々の更新です。
ア会の委員会でお世話になっている福岡大学の植村信保先生が、保険学の教科書を上梓されたということで買って読んでみました。
本書は「リスク」とは何かから始まり、なぜ「保険」が必要なのか、生命保険・損害保険の概要、さらには業界側の各論まで述べた、いわゆる「保険学」*1入門にあたる本です。
既存の保険学の教科書も読んだことがあるのですが、どうも導入から理論的に書かれているところがあり、ある程度保険について前提知識がある人にはしっくりくるのですが、そうではない人には読み進めかつ理解するのは大変ではないか、という印象を持っていました。
一方、本書「はじめに」でターゲットとして「初めて保険を学ぶ学生」や保険産業で働く若手社員など、保険に関心を持つ人を挙げています。言ってみれば、テレビCMやネットの広告で「保険」というものはなんとなく聞いたことはあるかもしれないけど、詳しくは知らないであろう人たちにとっても導入しやすく書かれています。そのポイントとなるのが、タイトルにもある「利用者(需要者)の視点」と「提供者(供給者)の視点」に切り分けて書かれているところです。第I部は「需要者の視点」として、それを踏まえて第II部は「供給者の視点」から保険について解説しています。親や家柄はともかく、生まれながらにして保険業界に従事している、という人はほとんどいなくて、ほとんどの人はまず利用する側として保険というものを知ることになります。そうすると、保険を学ぶ手順としては利用する側からの視点から学ぶのはとても自然なことだと思います。入門的なところから最近のトピックの概要まで語られている点では、「アカデミズムと実務の橋渡し」も十分達成されていると思います。
また、生保と損保をオールインワンかつ分かりやすく解説している点でも、この本を世に出す意義があるのだと思っています。例えば生命保険会社に入社したら、たいていは一般課程や生保講座を受講してそのテキストで勉強することになりますが、業界外だとこのテキスト類は入手できません(もっとも、最近はメル〇リなどに出品されているようですが…)。また、既存の出版物では、生命保険に限れば、出口治明氏の『生命保険入門 新版』やニッセイ基礎研の『概説 日本の生命保険』もありますが、損保とセットではありません。
第13章の「保険会社の経営破綻」は植村氏の『経営なき破綻 平成生保危機の真実』のダイジェスト版になっており、この章を読み終えたら、ぜひ『経営なき破綻 平成生保危機の真実』にも手を取ってもらいたいです。

どうしてもアクチュアリー的な目線で書いてしまいがちになってしまうのですが、読み終えて率直に思ったのは、アクチュアリーを目指したい人は、まず数学や生保数理などの教科書を読んで勉強する前に本書を読んでもらいたい、ということです。
(かつての私もそうですが)実力はともあれ数学になんらかの腕に覚えがある学生がアクチュアリーになぜ興味を持つかというと、「数学を活かした仕事ができる」と思っている人が少なからずいるのではないかと思っています。間違ってはいないのですが、「数学を活かした」というボヤっとしたところと、保険業界がどういうところでアクチュアリー職がどういう位置づけなのかというギャップがあるのではないでしょうか。たとえアクチュアリーに興味を持ったとしても、保険業界に興味を持てなければミスマッチしたまま就職することにもなりかねません。いや、ミスマッチというよりも、本来的に「保険」の枠組みを知ったうえでアクチュアリーとしてさまざまな業務・論点に取り組むのが本来的ではないかとも思うのです。本書を通じて「数学っぽい何か」から「保険の中の保険数理」と視点を切り替えてもらえるといいでしょう。
ちなみに、本書には数式はほとんど登場しませんが、概念として当然押さえておくべきポイントがちりばめられています。アクチュアリー試験でいえば、2次試験レベルであれば当然全章を押さえておくべきですし、1次試験レベルであればまず第9章や第10章から押さえてもらいたいところです。これだけで試験対策にはなりませんが、数式を用いない導入としては悪くないと思います。

*1:この本では「保険論」という授業科目名を用いていますが、この記事では「保険学」で統一することにします。